ジムニコルソンの妻や子供は?スパイになった理由や息子の洗脳がやばい!

ジムニコルソンの妻や子供は?スパイになった理由や息子の洗脳がやばい!

ジム・ニコルソンという人を知っていますが?

アメリカCIAを舞台に繰り広げられた まるで映画のような実録スパイの当事者として

ノンフィクションの書籍が発売され、

6月1日の奇跡体験!アンビリバボーで取り上げられます。

 

この人、CIAきってのエリートになりながらスパイとして活動し、

現在も刑務所で過ごしています。

一体何があったのか、

奥さんや子供たちについても気になったので

調べてみました!

 

 

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どんな人物?

 

 

 

ジム・ニコルソン

本名:ハロルド・ジェームス・ニコルソン(Harold James “Jim” Nicholson)

出身地:オレゴン州ウッドバーン

29歳の時に陸軍を退役し、

米軍諜報部隊の船長を務めた後、飲料品メーカーやアルミニウムのメーカーと一緒に

CIAに履歴書を送りました。

理由はジェームズ・ボンドに憧れていたからだったそう。

 

その時はCIAから連絡はなく、

最初にオファーのあった蝋燭メーカーで働きはじめた後に連絡がきて、

1980年10月にCIAに所属します。

 

最初の配属先は、マルコス政権下のマニラ。

アキノ氏暗殺に抗議するデモ隊に紛れ込み、反米分子の情報を探る任務につきました。

 

その時にCIAの任務でですが、ソ連関係者と直接接触しています。

 

 

その後は1985-87年にバンコク、

1987-89年に東京、

1990年から92年ルーマニアブカレストのCIAチーフ・オブ・ステーション、

1992年から1994年マレーシアのクアラルンプールでは副主任を務めています。

1994年からの任務であるCIA特別トレーニングセンターのインストラクターを経て、

1996年7月にCIA本部で、オペレーション部のカウンターテロリズムセンターの支部長に就任しています。

 

 

世界各国を転々としていたんですね。

 

最初の頃の主な仕事内容は、外国諜報機関に対する諜報活動が専門だったようです。

メキメキと頭角を現していったので、

だんだんと部署や肩書きがすごくなっていっています。

 

 

まさかそんな人が日本でも勤務していたなんてびっくりです^^;

 

 

その当時、エリート街道まっしぐらで、

給料のグレードはGS-15。

現在の給与で換算すると約73,000ドルです。

 

 

日本円に換算すると現在のレートで約800万円超えくらい。

 

 

世界各国を飛び回るような仕事のCIAにしてはなんだか少なすぎるような印象もありますよね^^;

1000万円くらいは余裕でもらっていると思ってました。

 

国家公務員?なのでなかなか懐事情も厳しいですね^^;

 

 

奥さんや子供は?

 

 

そんなエリート街道を進んでいたジムですが、

奥さんもいて、子供も3人いました。

 

妻ローラ、長男ジェレミ、長女スター、末の息子ネイサン

という家族がいたのですが、

家庭は早々に崩壊していったようです・・・。

 

情報提供者を求めて夜の街に繰り出す毎日で、

愛人も作ってしまっていたそう・・・。

 

 

そんな旦那さん絶対嫌ですよね!!

仕事だからといって、愛人作るとか・・・

しかも奥さんは一人で3人も子供の面倒をいないといけない・・・。

きっとかなりストレスがかかっていたんだと思います。

 

そしてついに、奥さんまで不倫してしまいます^^;

 

まさに昼顔。

 

 

やられたらやり返すっていうのは良くないですが、

それほど家庭は崩壊していたんでしょうね・・・。

 

奥さんの不倫相手は、飼い犬の往診にやってくる若い獣医さん・・・。

 

まさかそんなところから不倫に発展するなんて、

どこで何があるのかわからないですね^^;

 

そんな二人はついに泥沼の離婚調停に突入します。

 

 

どちらも不倫しているのでもうどっちが悪いとかないような気がしますが、

奥さん側からしたら最初に家庭を顧みなかったのは旦那の方だ!!!!

という主張があっても不思議ではないです。

 

 

その泥沼の離婚調停が実はこの

スパイ生活の始まりで、

 

ジムは現金の束と引き換えに祖国の機密情報を売る自分を想像した――その金があれば、かかえているさまざまな問題を解決できる。離婚調停中のローラの訴えを清算できるし、子供たちの養育権も得られるだろう。(『スパイの血脈』より)

 

と記されているように、

スパイをすることによって大金が手に入る。

そうすれば問題解決!!!

なんて考えに発展してしまったようです。

 

こんなに家庭を顧みていなかったのに

子供たちの養育権を手に入れたがっていたことは意外でした。

 

 

子供たちのことは愛していたのか?

それとも何かに使える!

と思っていたのかはわかりませんが、、

 

ジムはロシアのSVR(対外情報局)幹部ユーリー・P・ヴラソフと対面する機会を

もらい、二重スパイを志願したそうです。

 

 

もしも家庭が崩壊していなかったら・・・

泥沼離婚になっていなかったら・・・

 

 

もしかしたら二重スパイはしなかったかもしれませんね。

 

 

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二重スパイになった理由!

 

 

上記にも書いた通り、きっかけは離婚問題解決のためだったと言われています。

 

 

そんなことでスパイになるなんて〜!!!!

 

って感じてしまいますが、

もしかしたらそれまでCIAで諜報活動をしていた自分の実績や経験から、

自分の力を過信したり、考え方が変わってしまったのかもしれませんね。

 

 

私だったらビビリなのでそんなことしようって絶対思えそうにないですね。。

二重スパイとか、私の中ではコナンの世界の話のようです。笑

コナンの中にもCIAのスパイやらFBIのスパイ、

さらには公安のスパイもいます。

 

まさにスパイだらけ。笑

 

 

 

話は脱線しましたが、

1994年6月、当時クアラルンプールで副支局長を務めていたジムは行動を起こしました。

 

 

「2万5000ドル必要なんだ」ジムは言った。
ヴラソフはしばらく動かず、話を咀嚼していた。髪は灰色で、仕立てのいいスーツを着たこの男は、巧みに英語を操る。
「なんの問題もない」ヴラソフは言った。(『スパイの血脈』より)

 

 

まさかの即答!笑

 

そんなに簡単になれるの?

と思ったのですがこれには理由があって、

 

ジムはこの時点で、米ヴァージニア州にあるCIAの秘密訓練所「ファーム」への

異動が告げられていたのです。

 

ジムに訓練生の名簿を流させれば、世界に散らばるCIAスパイの身元を

手に入れたも同然だったので、ヴラソフにとって、ジムの申し出は願ってもない幸運だったそう。

 

 

要するにWINWINだったというわけ。

 

 

それからジムの二重スパイ生活が始まりました。

 

 

訓練生名簿をはじめとする機密情報を次々と盗み出し、

ロシアのスパイに売り渡していきます。

 

しかしFBIがその動きを察知し、CIAの協力のもと、

ジムが統括する部署の職員としてスパイを送り込みます。

 

 

なんだかどこもかしこもスパイだらけでわけわからなくなりますね。

 

 

1996年11月16日、ついにジムは逮捕されました。

売国奴に下された罰は、23年7か月の実刑判決。

 

 

息子の洗脳がやばい?

 

 

逮捕されたことで、一件落着〜^^

 

ではなく、さらに息子まで巻き込んだ事件に発展してしまいます。

 

3人の子供のうち、末のネイサン。

 

彼は1984年、ニコルソン一家の末っ子としてフィリピンで生まれました。

父の転勤にあわせ、アジア各国を数年おきに転々とする幼少期を送ります。

 

ネイサンは

「父親というより、サンタクロースに近かった」

と言っているように、

 

父親のジムはたいてい家を空けていて、

たまにプレゼントを携えて帰ってくる

存在だったようです。

 

そんな家庭を顧みていなかったジムですが、

離婚後、二重スパイとしての生活を歩み始めてからは

養育権を得られたからか、シングルファーザーとしての生活を楽しんでいたようです。

 

 

ネイサンのサッカーとバスケットボールとソフトボールチームのコーチをつとめ、

テコンドーの入門クラスへの送り迎えをし、子供たちの成長に一喜一憂するようになったそう。

 

 

今まで子供達と過ごせなかった分、その時間を取り戻そうとしたようですね。

 

 

そんな思い出や父親の姿があったから、息子のネイサンも慕っていたのかなぁと思います。

 

 

当時ネイサンが12歳の頃、ジムが逮捕されます。

しかしジムが売国奴だとは決して信じようとしなかったそうです。

 

父さんは政府に、やってもいないことをやったと無理やり言わされているに違いない。

 

 

そんな風に感じていた。

だから隔週土曜日の面会に通い続け、

ジムが語る陸軍とCIA時代の話に胸を躍らせ、父と同じ道を歩むことを夢見ていたようです。

 

 

しかし運命は結構残酷で、父親と同じ道に進もうと思い、

陸軍に入隊しましたが訓練中の事故で大怪我を負ってしまいました。

 

ネイサンは打ちひしがれ、自室でナイフを手首に当てたとき

ジムから電話があったのです。

 

「おまえをどんなに愛してるか、ただ伝えたくて電話したんだ」父は言った。
喉が締めつけられ、ネイサンの頬に涙が伝った。
「ぼくも愛してるよ、父さん」
ネイサンはあまりに後ろめたくて、いま何をしようとしていたか、父に話すことはできなかった。
けれども、電話を切ったとき、新たな決意を帯びていた。ネイサンはナイフを遠ざけた。(『スパイの血脈』より)

 

この時、なんでこのタイミングで電話できたのか、

というか電話ってふつうにできるものなのかちょっと疑問ですが、

このことから父と息子の絆が一層強いものになったようです。

 

 

ネイサンからしたら、ジムは絶対的な存在だったのかもしれません。

 

 

建築技師を目指して大学に通う生活をし始めたネイサンに、ジムは、

 

 

「わたしにひとつ考えがある」

「おまえたちを救いたいんだ」

「手伝う気はないか」

 

こう持ちかけたのです。

 

救いたいって・・自分のせいでしょうが!!!

って突っ込んでしまいそうになりますが、

この後に及んで息子まで巻き込んでまだ計画を練っていたことに衝撃です。

 

 

この息子なら自分に忠実だし、計画を実行してくれるだろうと思っていたのでしょうか。

 

 

この後、ネイサンは獄中で身動きが取れないジムに代わり、

メキシコやペルーなどを取引場所として、ロシアのスパイとの接触を重ね、

合計47,000ドル以上を集めたそうです。

今の為替で計算すると約522万円になります。

 

2008年に逮捕されましたが、

検察官と取引で2010年12月保護観察5年の刑を宣告されています。

 

 

ジムは法廷で

 

『人生で最悪だったのは、自分のせいで息子が逮捕された日だ』

 

と言っていたようです。

本当に息子のことを想っているのなら、

決してしてはいけなかったことですよね。

 

 

 

まとめ

 

 

ジム・ニコルソンは現在コロラド州の連邦スーパーマックス刑務所であるフィレンツェADX刑務所で拘束されています。

2024年に釈放される予定です。

 

こんな漫画や映画の世界のような話が現実にあったなんてびっくりですが、

その動機はあまりにも単純で意外でした。

 

年齢的に生きて出所できるのかどうかというところですが、

最近になって書籍が発売されましたし、

出所時には注目されそうですね。

 

息子のネイサンも、今後はいい人生を歩んで欲しいと思いました。

 

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